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先輩に聞いてみた

気づいた時に、動く。辛抱強く、病気と向き合う。

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30代・女性

3カ月後に結婚式を控えていた29歳の時。婦人科で告げられた「自然に妊娠するのは難しい」という言葉に、目の前が真っ暗になりました。重度の多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)との診断でした。街中で妊婦さんやお子さんを抱っこするお母さんの姿に嫉妬したり、年賀状で友人の子どもの成長を見るのが辛い気持ちになりました。

不妊専門病院は調べると山ほどありますが、クチコミもなかなか聞くことができませんし、人それぞれ症状が違います。そんな中、自分に合った病院を探すのに苦労しました。それでもすぐに治療を始め、信頼できる先生にも出会うことができました。

体外受精を経て32歳で一人目、34歳で二人目を出産。時間が勝負の不妊治療と言われます。迷うという〝ロスタイム〟を最小限にできたことで、二児の母親となりました。

男性不妊を、2人の力で乗り越える

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30代・男性

結婚したのは私が34歳、妻が36歳の時。2年近く経っても妊娠する気配がなく、精子の検査をしました。結果に、とてもショックを受けました。私の総精子数はたったの100万、運動率も一桁、奇形率も高かったのです。自然妊娠は無理とのこと。まさかでした。

男性に原因があり、女性に原因がない場合、体外受精になり、女性に大きな負担があります。私にできることは精子に良いとされるサプリメントを飲む程度。ですが、毎回妻と一緒に通院することを心がけました。また日頃から感じていることをお互いに話し合ったり、年齢的に簡単に子どもを授かるのは難しいことを認識し、過度なプレッシャーをお互いにかけないようにしていました。

二人三脚の結果、約3年の不妊治療を経て、子どもを授かることができました。自分が男性不妊であることは周りに言いにくいものです。男性の当事者が悩みやつらい気持ちを相談できる場やカウンセリングの機会が増えて欲しいし、男性にも知って欲しいと思っています。

不妊治療で学んだのは「仕事の効率化」

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40代・女性

仕事と不妊治療の両立は、時間の調整が大変でしたが、学んだことがたくさんありました。治療のためにフレックスや休暇を使いましたが、仕事の量は変わりません。そこで仕事の仕方を工夫しました。

今日やることをリストアップし、その中に優先順位の高い仕事だけでなく、優先順位の低い仕事の時間を必ず1時間入れる。すると、早めに仕事に着手することで、あらかじめ調整が必要なものも数多くあることに気づいたり、仕事量の見積もりも正確になりました。

また、突然の休暇にそなえて、仕事内容や情報の共有を積極的に行いました。具体的には、「資料は共有サーバに置く」、「仕事のメールは必ずCcやBccを入れる」など、普段から担当の仕事や進捗状況を周りの人に知っておいてもらいました。

治療と仕事の両立は大変ですが、仕事のやり方を見直す、ワークライフバランスを見直すチャンスだと感じました。その後の育児と仕事の両立にもとても役立っています。

自分の優先順位を決めることで、仕事と治療の両立を。

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40代・女性

仕事と不妊治療の両立で大変だったのは、スケジュール調整でした。内部や関係者との打ち合わせ日程は、治療と重ならないように設定してもらうことができましたが、客先との会議や提案・プレゼンテーション、出張はそうはいきませんでした。ある時、客先へのプレゼンテーションと採卵日が重なりそうな時がありました。内容的にも人員的にも代われる人がいなかったので、万が一日程が重なった時には採卵を諦めることを覚悟しました。

この時は出張の翌日が採卵日となりましたが、不妊治療は"あらかじめ予定が立てられない"ことが多く、仕事の調整はいつも綱渡り。それでも自分が何を優先したいのか、どんな選択肢があるのか、自分の気持ちを確かめながら、仕事と治療の両立をすることができました。

直接話すより、手紙が役立つことがある。

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30代・女性

夫には相談せずにひとりで通院し、タイミング法をスタート。36歳で不妊治療専門クリニックへ転院し、人工授精から体外受精へと進みました。しかし、夫婦で治療の話をするたびにお互い感情的になってしまい、自分の気持ちが伝えられなくなりました。

そこで気持ちを手紙に書いて渡すことにしました。すると二人とも落ち着いて話ができ、自分だけでは思いつかなかったヒントが見出せることもありました。不妊は夫婦にとって困難な問題でしたが、私たち二人の絆も深まりました。

居酒屋での残念会

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40代・女性

体外受精の妊娠判定が残念な結果だった時には、誰とも話したくない、ひとりになりたいなと思うこともありました。しかし、私たち夫婦はあえて居酒屋で残念会をすることに決めていました。ひとりでいるよりも、辛い気持ちやこれからの治療について二人で話す時間がある方がリラックスできると思ったのです。仕事が忙しい時には自宅近くのバーに21時待ち合わせということも。

この残念会のおかげで気持ちを切り替えて、「次も頑張ってみよう」という気持ちになれ、不妊治療を続けることができました。そして6年の不妊治療を経て妊娠、出産しました。

妊活ヨガセラピストの道へ

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40代・女性

34歳で結婚。不正出血を機に病院を受診。「特に問題はないが年齢的に不妊治療に入ったほうがいい」と言われ、妊活をスタート。「体外受精さえすれば授かれる」と意を決したものの、なかなかうまくいきませんでした。精神的な落ち込みから、身体も不調に。まずは身体を整えるためにヨガを毎日行うことにしました。

呼吸を整えて自分と向き合う時間が増えると、次第に体調がよくなりました。その後妊娠には至りませんでしたが、自分の体と心に自信を取り戻せました。

ヨガインストラクターとNPO法人のピア・カウンセラーの資格も取得。「子どものいない人生」もいいんじゃないかと、妊娠だけを考えていた10年間から解放されました。何よりおかげで新しいキャリアも築けました。当初望んだことが叶うことばかりが幸せでない、と思うこの頃です。

『認知度の低い不育症。積極的な情報収集で納得できる選択を。』

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40代・女性

30代で初期流産と後期流産(死産)を経験しました。二度流産を繰り返しても、当時通院していたクリニックでは異常を疑われることはなく、流産に対する精神的なケアもありませんでした。流産した時、「自分のせい」という自責の念、悲しみと絶望感を一人で抱え込んでしまい、自分を否定していました。でも、自分を奮い立たせて不育症についての情報をネットや雑誌、書籍などから集め、不育症専門クリニックに辿り着くことができました。

流産を繰り返す人が精神的なケアを受けられる機会、不育症当事者の仲間と出会える機会が増えて、正しい医療情報にアクセスしやすい環境になって欲しいと思います。
不育症は医療機関によって認識や対応に差があります。だからこそ自分で積極的に情報収集し、自分が納得できる検査や治療内容を選択することも大切だと感じました。
あまり知られていない不育症ですが、自分から情報収集して、納得できる選択を知ることができ、子どもを授かることができました。